自分と向き合う時間

 連休というのは場合によっては案外はた迷惑なものらしい。妻は連休初日の今日、日頃たまっている仕事をしに、休日出勤しました。僕も休みだったので、時間ができた分、床屋に行き、隣の市の図書館に読み切れずに終わった『シカスタ』を返しに行ったその足で、ヨガに行きました。今日のクラスは陰ヨガ。ひとつのポーズを3分から10分、維持して、心身の奥の方にフォーカスしていくタイプのヨガです。お気に入りです。特に好きなのは、スワンのポーズ。はじめてこのポーズでしばらくの時間、維持したことで、太ももの付け根の痛みが劇的に解消に向かったこともあって、機会があれば、いつでも受けてみたいヨガです。今日もプログラムの中に含まれていて、とても心地よかった。全体を通じても心静かにやりとおすことができたので、とてもハッピー。ネコとヨガは一生の友です。
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それはまた、別の話:風邪をひかない

 “風邪をひかないのは良くないこと!?”なのかもしれないというのを立ち見した本『からだの取扱説明書』で読みました。どういうことかというと、東洋医学・陰陽五行の考えにある血気、つまり体内エネルギーのひとつ、が低くて、風邪をひけないほど体がエネルギーを持ち合わせていない状態になっているかもしれませんよ、ということのようです。風邪をひいたら、体力もエネルギーも奪われるというのは実感としてあるものの、風邪をひくにもエネルギーが必要だというのは、それはまた、別の見方として面白いものだなと思いました。僕も“まともに”風邪をひいたのはいつだったか思い出せないくらいひいていないので、この一文にはドッキリしましたが、血気というのは眠っている間につくられるということなので、僕とアビーには関係のない話だと胸を撫でおろしました。この1年はヨガを通して心身ともにますます快調で風邪をひく気がしません。とはいえ、一番ひく確率が高いのは僕にとってはこの2月。あと半月、用心に越したことはないですね。

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よかヨガ

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 この2日ほど続けてヨガに行った。いろんなクラスを受けている中、しばらくタイミングが合わず、会えずにいた先生に「久しぶりですね」と声をかけられた。ただそれだけでうれしい。次の日に受けたクラスではこれまでほとんどアジャストされたことがなかったのだが、最初に行う瞑想の時に、普段の姿勢の悪さと仕事明けの疲れからくる眠気とで猫背になっていたのをぐいっと背中を正され、胸を広げられた。ただそれだけでうれしい。

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やっかいな癖を直す

49:やっかいな癖を直す~『こころのシンプルライフ』より

 習慣や癖をどうにかしようとするときは、褒美を用意することが大事です。

 著者はカレンダーに金色の星印を貼ることをご褒美としたそうです。

 まねしましょう。
難易度A:些細なことでイラついてしまうのを少なくする。
難易度B:部屋を散らかさない。
難易度C:朝晩の歯磨きを欠かさない。

 さて、どれだけ★印をつけることができるだろう。

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大切なものは何ですか? 見つけにくいものですか?

Simple_4  読み始めています『こころのシンプルライフ』。
 その項目42“物への執着を捨てよう”の中に、「あなたも家の中を見回して、避難するのに30分しかないという場合を考えてみよう」という一文があります。つまり、いざという時に何をもって家を出ますか?ということです。著者は30分も猶予を与えてくれていますし、車のトランクに入るだけ、という違う一文もあります。避難する段になってそれだけの余裕はないと思いますが、練習問題としていいかもしれません。
 考えてみました、何かひとつと限ったら…。
 アビーです。これは間違いところでしょう。おとなしく捕まえることができたらいうことはないでしょうねぇ。ひょっとすると30分以上かかったりして…。
 著者同様、条件を甘くしていきましょう。ひとつと限ったら、支障が出るかもしれません。2つ、ということにしましょう。これなら、アビーと妻と答えます。それでもアビーが優先順位の上位に違いはありません。妻は一人でも避難できますが、アビーは何が起きているかわからないかもしれませんから。
 さらに甘くしていっても切りがないので、アビーと妻とお金と通帳と家の鍵を除くとしたら、どうでしょう。

 …考え中…

 なかなか思いつかない。ひねり出てきたのが車のキー。下取り価格も尽きているけれど、買い替えるにはお金がかかりすぎるから。それにしても金目のものしか出てこない。
 気持ちの中で何が大切なのか。本は好きだけれど、持ち出しきれないし、また買ったり、借りたりすればいい。CDも同様。思い出の品、と思いつくけれど、思い出は品物というより記憶の中にあるものだから、持ち出す品としては思い浮かばない。これだけモノに溢れている我が家ながら、持ち出すべき大切なものが思いつかない。そう考えると、たいしたものをもってねえなぁ、と妙に改まった気づきと出くわした。そういうことならいっそ、捨てたり、整理整頓したりすりゃいいじゃないかと思いいたる。なんだか方向が変わってきた。妙なものだ。でもおもしろい。あまり大切な物に囲まれていないこれまでの、今の、未来の暮らし。ただひたすらものに溢れている暮らし。これにはちょっとハッとさせられる。いらないものばかり買っていたのか、これまで、これほどまでに。

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小さな幸せ:2008/08/13

 北京オリンピック・女子柔道で金メダルを獲得した上野雅恵さんのはにかみ笑顔が素敵。入場前の袖で気合の入った、凛々しい表情はもっと素敵。おめでとうございます!

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小さな幸せ:2008/08/12

 仕事上の人手不足で、今日、予約を入れていたヨガをキャンセルせざるを得なかった。でも、クラスが始まるギリギリのところで仕事を開けることができて、再度予約を入れ、受けることができた。

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小さな幸せ:2008/08/11

 今日の、Y先生のヨガクラスで、太陽礼拝をわかりやすく見せてくれた。とても参考になった。コブラのポーズへのつながりの大切さと心地よさを知る。

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からだの声を聴く

 経験はすべて体に影響し、心の中に刻み込まれる。その経験が快いものならば、健康、活力、体の優美さが高められる。ところが辛い体験についてはその反対のことが言える。外傷体験に対して適切な反応がとれる場合には影響は一時的なものかもしれない。体には自然治癒力があるからだ。ところが反応がブロックされると、外傷体験は慢性的筋緊張の形で体につめ跡を残すことになる。
   アレクサンダー・ローエン『からだのスピリチュアリティ』

 ストレッチしていて、足を痛めました。5月の初めの頃だったと思います。半月を過ぎようとしているのに回復に向かっている気がしませんでした。痛みを感 じながらもジムに通い続けていたことも長引く要因になったのかもしれません。もちろん、痛んでいる足に負担がかかるストレッチはやらないか、軽く済ませて いました。そんな折、偶然に手当てに出合いました。これは読み終わっていた本『からだのスピリチュアリティ』にあったような体と心のつながりとか、体からアプ ローチを加えていくことで内面にも良い影響をもたらしていくという考え方とかと似通っているように思いました。どんなものかと読み進めていくと、身体的に、精 神的に、霊的に、さらにはトラウマをも含めて、アプローチしていくものだということでとても関心が涌き、足の傷みのこともありましたが、どちらかというと 興味のほうが勝るような感じで受けてみようと思い立ちました。
 施術当日。基本となっているオステオパシーの考え方を説明されていく中で、僕自身 の身体的、精神的、また過去の事故などを聞いた上で、僕の体が発している声を聴く手がかりを知ろうとするかのように進められていきます。オステオパシーという耳慣れない、得体 の知れないもので、難しそう、よくわからないっていうイメージをもってしまいそうになると思いますが、その話はとてもわかりやすく、ためになるものでした。先生によると、外傷体験はトラウマとなって残っているものだそうです。僕もいくつか大きな怪我をしたことがあり、それを先生に伝えはしましたが、トラウマとして今の体や心にどう影響しているかということの話はありませんでした。
 実際の施術はそれはそれは本当に指先や手を柔らかく、触れるか触れないかという繊細なタッチです。(これで効くんかいな)って感じです。でもこれが効くらしいんです。僕は顕著にその効果を感じることはできなかったのですが、ひとつはっきりと自覚したのは施術を受けている途中で、足元から頭にかけて一気にサワサワサワとして寒気のような、さざなみのような気というのかエネルギーというのか、何らかの流れを感じることができました。先生曰く、ブロックが取れたことによってそうした流れが生じることがあるということでした。手当てを受けることによって体に備わっている自然治癒力が働き出し、反応に対するブロックや歪みなどが解かれ、正されていくのだそうです。その過程では、たとえば外傷を負っているところとは一見無関係な体の部位が動いたり、違和感を覚えたり、痛みを伴ったりしていくそうです。そうしたことが体自身が正しく、健やかなほうへと導いている徴だというのです。詳しい仕組みはわかりませんが、先生が指先、手先から、いわゆる気を送っているということでもないそうです。(感じている痛みを直してあげよう)とも思っていないそうです。あくまでも施術を受けている側の体の自然治癒力を目覚めさせるというか、生き生きさせるのを手当てすることで、協力するとかきっかけをつくってあげるとかいう意味合いでしかないようです。不思議な感覚ですよね。一般的にいえば、治していただくために病院に行ったり、薬を飲んだりするのですが、自分で自分の体や心を直す力を発揮させるために先生のサポートを受けに行くのですから。そして手当てを受けることをきっかけに自分で自分の体を自分の力で治していくのであり、また治っていくというのですから。
 ちなみに僕はすべての末端が固いそうです。末端というのはつまり足先、手の指、そして頭頂部。これらが硬いということでそれにつながる他の体の部位も硬さというか不自由さというものが広がっているのではないかと思います。なぜ末端が硬くなったのかわかりませんし、先生にもわからないのかもしれません。ひとつ言えることがあるとすれば、体は正直な声を常に発しているということです。その声をよく聴いてあげることが大切だということ。疲れたなぁと思ったら休むこと。甘いものが食べたいなぁと思ったら、ダイエットのことは忘れて食べること。眠たいなぁと思ったら、仕事の合間でも席をはずして、眠れなくても静かな場所で目を閉じ、過ごすこと。散歩したいなぁ、ジョギングしたいなぁと思ったら、からだを生き生き動かすこと。そうしたからだからのささやきを、本音に耳を済ませて、聴いてあげ、からだと心をサポートする行ないをしてあげることが健やかな人生の歩みにつながっていくのでしょう。
 あなたのからだは今、何をあなたに伝えようとしていますか?

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invocation

「因縁果起縁起動待」
(イン・エン・ガ・キ・エン・ギ・ドウ・タイ)

というオリジナルの invocation をつくって、念仏する。

 

結果には必ず原因がある。原因がなければ、結果は生じない。原因と結果の間で縁とのめぐり合いによって結果が違ってくる。原因や縁に働きかけるように動き、起こってくる結果を待つという心構えをもっていようという趣旨。

cf. アヌサラ・ヨガのインヴォケーション

裏 invocation
「韻演我記演戯道綴」
(イン・エン・ガ・キ・エン・ギ・ドウ・タイ)

Rhyme(韻)を演じ、我を記し、演じ戯れ、我が道を綴る。

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