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2011年9月

今日のTimelog:2011/09/29

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今日のTimelog:2011/09/28

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今日のTimelog:2011/09/22

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今日のTimelog:2011/09/21

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inBook『現代思想のコミュニケーション的転回』

“コミュニケーションとは、意味が生成される場所であり、また、言語とは、コミュニケーションを通して意味を生成するための道具であるということになるでしょう”inBook『現代思想のコミュニケーション的転回』

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inBook『シモーヌ・ヴェイユの詩学』

“彼女にあって、「他者の立場に身を置くこと」とは、「魂の引き裂かれるような痛みの叫び」を「沈黙のうちに」聞き取る感性をもつことである。そして、この感性とは、他者が実在しているという美の感情であり、その対象を欲望しながら、自らの所有とすることなく、対象と距離をとらせるものである。”inBook『シモーヌ・ヴェイユの詩学』

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inBook『〈ほんもの〉という倫理』

“わたしたちは自分にとって重要な他者とのやりとりをつうじて、自分を定義するのに必要な言語を手ほどきされるのです。その意味で、人間精神の生成は「独白」によるものではありません。人間精神の生成は、彼ひとりの力、彼女ひとりの力で成し遂げられるものではなく、対話によるものなのです。”inBook『〈ほんもの〉という倫理』

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inBook『生き方と哲学』

“我々が日々享受しているさまざまな生命支援物、そして我々の身の回りにあるさまざまな生命支援物、それらのほとんどすべては我々自身の労働によってもた らされたものではなく、我々の知らない膨大な数の他人の労働によってもたらされたものである。この社会において自分の命を支えるとはそれら多数の生命支援物を要することであるが、それらを手に入れるために、我々はお金を稼ぐことに、すなわち不特定多数の他人に特定の生命支援物を与えることに時間を割かねばならず、そのため仮にそうした能力があったところで自分自身の命を支える生命支援物を自分で作る時間をもっていないのである。”inBook『生き方と哲学』

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inBook『過去と未来の間』

“この力としての過去ははるか起源に辿り着こうとしながら、後方に押し戻すのではなく前方に押し出そうとする。大方の予想に反して、われわれを過去へと押し戻すのは未来である。”inBook『過去と未来の間』

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inBook『過去と未来の間』

“過去の力は無限の過去から、未来の力は無限の未来から到来する。二つの力の始まりは不可知である。とはいえ、二つの力が衝突する点[現在]をともに末端とする。逆に、対角線の力は敵対する力の衝突[現在]をその始点とするため、その起源は限定されている。しかし、対角線の力は起源が限定されない二つの力の合成作用から生じるゆえ、その終点は無限となる。”inBook『過去と未来の間』

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inBook『シモーヌ・ヴェイユの詩学』

“シモーヌ・ヴェイユが、労働者には、美のみならず詩が必要だと述べるのは、不幸に陥れられた人が、自らの存在をあらわにする言葉をもてないことと切り離せない事柄であろう。”inBook『シモーヌ・ヴェイユの詩学』

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