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庵中模索

 この1ヶ月、僕は自分という名の庵の中、内へ、内へと入り込んでいたように思えます。もっと言えば、この1年、あるいはもっと長い時間、徐々に徐々に内へ内へと僕は僕の内側に向かっていったといえるかもしれません。そしてこの1ヶ月は相当に惑い、苦しんだ気がします。そして疲れました。疲れた先に見えてきたものはおそらくこの苦しみはこれからもまだ続くであろうということ。仏陀の言う解脱は僕自身には訪れないであろうことを感じたのです。

 傍観者ながら、周りのことがいろいろと見えてしまう僕には苛立ちや怒りが生まれます。見えてしまうことが良くないことかといえばそうではなく、見えた、見たことに対する僕の解釈、反応が悪いと言われれば悪いのかもしれません。
「なぜ、あなたがたは僕の思っているようにできないのか?(やらないのか?)」
 でも、これはナンセンスなことなのです。実際にできないかもしれません。やれなかったり、やらなかったりするのでもないのでしょう。僕が思っているようには他人の気持ちや行いを変えることはできないのです。それを変えようとする、僕が気の済むようにもっていこうとすることに無理があり、無駄な苛立ちや怒りを自ら生み、苦しんでいるのです。自らの怒りによって自らが疲弊し、これからもその怒りとうまく付き合っていけばいいのだと思えたとき、少し気持ちが明るくなったのが昨日(2008/04/20)のこと。それで少し書いてみる気にもなりました。

 自分という庵の中で、いろいろな案が浮かんではかたちにできないまま消えていく中で模索し続けていく日々。

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