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2008年4月

ホグレテル

 ホグレルに本格的に通い始めて1ヶ月。ホグレテイルと実感できる点は、
1.疲れにくくなった。
2.早い時間に眠るようになった。
3.前屈で床に指が届くようになった。
4.体重が2キロ減った。 ※ホグレルだけの成果ではありませんが…。

 これから期待する点は、
5.全身の柔軟性がもっと高まること。
6.コレステロールと中性脂肪の数値が下がること。
7.冷え性が改善されること。
8.お腹の贅肉が少なくなること。

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穏やかな一日

 今日(4月28日)は天気も穏やかで何よりな日だったことに加え、ここ数年なかったと思えるほど気持ちの面でも一日を通して穏やかに心地よく過ごすことができた。イライラすることがなく、穏やかで、不安や不満も涌いてくることなく、胸の辺りに意識が行くことが多く、陽気も心もほんわか状態が終始続いていたように思える。ハートのチャクラが開いていたということだろうか。でもハートだけが開くということは考えにくいので、きっとバイオリズムが良かったということだと思う。あぁ、それにしても穏やかな、いい一日だった。とてもうれしい。

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ヨギーなアビー

ヨギーなアビー
♪Gパン上のアビー♪

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ヨギーなアビー

ヨギーなアビー
舟漕ぎのポーズ:カメラ目線

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今を生きる

Now
 運転している間に聞いていたFMラジオでクリス智子さんが木村カエラさんに“大事にしていること、思っているを文字に”ということで、色紙に書いていただいたようだ。僕自身はなんとなく“今”だと思い浮かんだところ、カエラさんの言葉も“今を生きる”ということだった。ちょっとしたシンクロだ。ラジオは流れ、クリスさんが「今を生きるといってもなかなか難しいですよね」というようなことを言う。そう、確かに言葉にしても、思っていても、実際にそうすることは難しいように思える。“今”は次から次へとやってきてはあっという間に過去になってしまう。“今”を意識することすら難しい。“今”を意識しすぎると、身も心も何か不自由になってしまいそうな気もする。ヨガをやっているときも、そのときの“今”の心と身体を意識するようにと言われるのだが、ポーズが連続していたり、ペースが速かったりすると、“今”を一瞬一瞬感じて、味わっている間がない。“今”を意識できていなくてもどこか心も身も不自由な感じがする。ふと自分はヨガに向いていないのではないかと思える。将来、見も心も柔軟になってポーズが決められればそれでいいかと言えば、必ずしもそうとは言えない。将来や未来のための“今”という捉え方もあるけれど、将来や未来はやってこないかもしれないことを考えると、“今”があっての将来や未来ということを思っていたほうがいいだろう。やはり“今”なのだ。“今”をどう生きるか、試行錯誤、切磋琢磨、庵中模索の日々が今日も続く。

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日々暮らし

 予報ほど天気が崩れていない。久しぶりに車を動かす。FMラジオからはアメリカ牛肉のニュース続報が流れてくる。過去のものと思っていたので同じ過ちが繰り返されるのを耳にすると、なんだかタイムスリップしたような、あるいは歴史は繰り返すというような、なんとも言えない思いがよぎる。
 運転距離39.9キロ。→ソガ→丸善→

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よかヨガ

Downdog  ヨガを始めて足掛け3ヶ月。2月に7回、3月に8回、4月(23日現在)は10回と徐々に行く回数が増えています。今も印象深いのは初めて参加したときのこと。途中で精油を焚かれて、ヨガを終えて街中を歩いている時もその余韻で地に足がつかぬ感じで歩を進めて帰ったこと。あの時はとても心地よかった。それ以降、上回る心地よさを感じることはなかったのですが、今日のヨガはそれに匹敵するほどのものでした。ポーズを決めることに重きを置かず、呼吸や心や身体といった自分との対話を重視するヨガでした。いつもはじめに先生方は「今日、体調が悪い方や身体を痛めている方はいらっしゃいませんか?」というようなことをたずねてくれます。今日は「少し疲れているなぁと感じている方?」と声をかけられました。実際、疲れが溜まっていると感じていたので僕も正直に手を上げました。手を上げ、自分が疲れていることを認めたときから、すでに心地よくなっていました。深い呼吸を繰り返し、自分の体調と内側を見つめ、身体をほぐしながら、少しずつ本格的にメニューを始めていくことになります。その深い呼吸や身体のほぐし自体もとても心地よいものと感じられました。いつもならポーズを決めようとして、身体が硬くて決められなくて、周りの方と比べてしまいがちなのですが、今日は目をつぶって、ポーズをとることが多かったこともあり、ひたすら自分との対話に意識が向けられ、あまり雑念が涌くこともなく、取り組めたことが心地よさにつながったのだと思います。このことがヨガ=瞑想であるという真髄なのではとあらためて実感できました。ポーズをきちんと決めることがヨガではない、そのことを思い出させてくれた今日のヨガ・メニューでした。これからもポーズを決めることに囚われず、自分の内なる声に耳を澄ませるようにやっていけるように心がけたいと思います。

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庵中模索

 この1ヶ月、僕は自分という名の庵の中、内へ、内へと入り込んでいたように思えます。もっと言えば、この1年、あるいはもっと長い時間、徐々に徐々に内へ内へと僕は僕の内側に向かっていったといえるかもしれません。そしてこの1ヶ月は相当に惑い、苦しんだ気がします。そして疲れました。疲れた先に見えてきたものはおそらくこの苦しみはこれからもまだ続くであろうということ。仏陀の言う解脱は僕自身には訪れないであろうことを感じたのです。

 傍観者ながら、周りのことがいろいろと見えてしまう僕には苛立ちや怒りが生まれます。見えてしまうことが良くないことかといえばそうではなく、見えた、見たことに対する僕の解釈、反応が悪いと言われれば悪いのかもしれません。
「なぜ、あなたがたは僕の思っているようにできないのか?(やらないのか?)」
 でも、これはナンセンスなことなのです。実際にできないかもしれません。やれなかったり、やらなかったりするのでもないのでしょう。僕が思っているようには他人の気持ちや行いを変えることはできないのです。それを変えようとする、僕が気の済むようにもっていこうとすることに無理があり、無駄な苛立ちや怒りを自ら生み、苦しんでいるのです。自らの怒りによって自らが疲弊し、これからもその怒りとうまく付き合っていけばいいのだと思えたとき、少し気持ちが明るくなったのが昨日(2008/04/20)のこと。それで少し書いてみる気にもなりました。

 自分という庵の中で、いろいろな案が浮かんではかたちにできないまま消えていく中で模索し続けていく日々。

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我は書く、ゆえに我あり

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それぞれの愛のかたち

I LOVE YOU編
 「愛してるよ」
 「私も…」

I’m sorry 編
 「俺が悪かった。なかに入れてくれ」

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一瞬にすべてをかける妙技

Dive_3

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