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2007年1月

猫噛み家の一族


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    猫噛み家の一族:亜美千代
         ねこがみけ              あびちよ

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映画【犬神家の一族】 公式サイト スケキヨくんドットコム

ストーリー
 
昭和23年冬、生来、高い所が無性に好きだったことから、人生ならぬネコ生を送る地として選んだ高州の、大財閥の当主・猫噛みカリ兵衛がその命を閉じたことに端を発し、世にも奇怪な事件の幕が上がる。

 その莫大さゆえに一族のみならずネコ界の関心事だった遺産相続は、カリ兵衛が生前書き残した遺言状にすべてを委ねられていた。だが、その発表は長男・マグ郎のひとり娘・亜美千代の帰省を待ち、遺族全員が揃ったところで執り行うこととされていた。

 そしてカリ兵衛の死から8ヶ月、自分の素性に思い悩んでいた亜美千代が意を決し、ようやく帰省するとの知らせが届く。時を同じくして迷探偵・金川一(かねかわ はじめ)もまた猫噛み家の顧問弁護士の当業流箴言(アタゴウル シンゲン)に依頼されるかたちで、高州に赴くことになる。当業流は遺言状の中身が発表されることにより恐ろしい事件が起こることを予見し、金川一を呼び寄せたのだった。確かに最近では、猫噛み家に引き取られたカリ兵衛の恩人の孫・たまサバ郎が命を狙われる事件も頻発していた。

 遺族が来る日も来る日も食べては眠り、起きては伸びを繰り返し、遺言の発表の時を待ちわびる要因となった亜美千代は、頭からすっぽりと顔全体を隠すように白い不気味なマスクを被った姿で帰省した。いよいよ遺言を発表する日取りも決まり、一堂に会した一族の者たちは皆、その姿に息を飲むしかなかった。見ることも口にすることもはばかられるその容姿に、身内の間で留め置こうとしていたものの、いつしか噂はあっという間に町をはじめ、近隣各地にまで広まっていった。なんでも転居地での不慮の事故により、顔が焼けただれており、以前の美しい顔立ちを失い、見るも無残な姿に成り果てていることを隠しているのだという。しかし、実際のところは袋とあれば、とにかく潜り込んでみたいという性分が高じて、亜美千代自らが壁で爪を研ぎ磨いた職人に命じて、作らせたマスクをかぶっているにすぎなかった。何はともあれ、これで遺言状発表の条件がすべて揃ったのだ。

 はたしてその遺言状は奇怪そのものであった。まさしく遺族で血を血で洗う争いに駆り立てるかのごとく仕組まれた内容だったのだ。

 カリ兵衛には、別々の愛猫との間にもうけた3名の異母息子、マグ郎・寝夢郎・食ら王がおり、それぞれに亜美千代・カリ代・カナン(クリスチャン・ネームはロイヤル)の3名の子供がいた。ところが、遺言状の内容は3名の子供を無視し、血のつながりも何もないたまサバ郎に全財産を与えるように仕向けられたものだったのだ。財の象徴である猫噛み家の家宝の『鞠・箱・袋』を含めて…。

 ただし、たまサバ郎が相続をなすには、亜美千代・カリ代・カナンが不測にも死なない限り、そのいずれかと結婚することが条件とされていた。そしてそれが叶わぬ場合は、財産はすべて飛猫ピュウ馬に与えられることになっていた。ピュウ馬は、カリ兵衛が生前、競馬をこよなく愛し、飛ぶように馬場を駆け抜けるディープインパクトのように育つようにと名づけられ、目に入れるとやっぱり痛いであろう息子で、今は行方知れずとなっていた。

 遺言を聞いたカリ兵衛の実の子・マグ郎たちの驚きと怒り、悲しみは大きかった。何ゆえ父、そして神は、愛情を注がれずに育てられた上に、死んだ後にまでわれわれ子供らにこのような仕打ちをなさるのか、と。欲深い彼らはせめてもの反意を密かにそれぞれの胸に抱く。そうしてたまサバ郎の結婚相手をめぐる暗躍もまた始まったのだった。

 そして次々に起きる猟奇的な殺人事件、一族の財の象徴『鞠・箱・袋』を巧みに使って、その凶行は進められた。一族の誰にも動機はあり、疑心と暗鬼がうごめく。いったい犯人は誰なのか? また、いかなる理由で? さて、この奇怪な難事件に金川一はいかなる答を出すのか?

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 「金川 一(かねかわ はじめ)さん、事件ですよ!」

 

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本『ネコに見習え』

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 猫に見習いたいところもあるし、憧れるところもある僕。

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サンドウィッチショップ AbbeyWay

サンドウィッチショップ AbbeyWay
人気メニュー:シキブ・アビー・マッティ(敷布団アビーマット)
 レシピ:柔らかく適度な弾力のある敷き布団と、素材を活かし、しっかりしたマットの間にアビー自ら入り込んで、重みを感じつつ、挟まれる快感にひたったら出来上がり。見ごたえ、笑い甲斐、呆れ甲斐がある逸品。
 アビー「この触感がたまりません。サンドウィッチといっても食べないでください」

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ホシを探しに本の中

Mcginty_1  ホシを探しに本の中を巡っていましたけれど、見つけることはできませんでした。アガサ・クリスティの『マギンティ夫人は死んだ』を読み終えました。かつて読みふけったクリスティをあらためて読んでみようと思い立って臨んだ2冊め。1冊目の『運命の裏木戸』ではトミーとタペンスを知り、今回のものも初めて読みました。クリスティを読むとき、犯人を探してやろうといつも意気込むのですが、結局のところそれは叶いません。読み急いでしまうこともありますし、じっくり読んだとしても知らされない事実やひねりに惑わされて、二転三転するうちにポワロやマープルの謎ときへと進んでしまうのです。思い返せば、ヒントは出ていたし、引っかかる部分を感じたところはあるのです。事件に白黒をつけたいのはポワロ同様僕も同じなのですが、提示される灰色の事柄をうまくつなぎ合わせて、犯人を見つけ出す才能は灰色の脳細胞をもったポワロにはかないません。それでも性懲りもなく読み終えた当日に新たに『葬儀を終えて』を買って、(今度こそは…)と息巻いているのでした。
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アビーめくり

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名を呼べど耳後ろ向けすまし顔

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アビーのお友達兼用心棒現る!?

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「アビー、お友達にどう、この子? 守ってもくれるって!」
「あたしは一人でも大丈夫よ。ねえちゃん(=妻)のようにテレビ見て1日を過ごすわ」
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映画【ラッキーナンバー7】

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 十中八九、この映画は UNLUCKY 1HOUR になるらしい。いかに最初の1時間を耐え忍ぶか、そこが問題らしい。何やら訳がわからない1時間らしい。ただその後が物凄いらしい。ぶっ飛んだ脚本らしい。どうやらいつものように睡魔と格闘することなく、眠ってしまっても大丈夫のようだ。きっかり1時間熟睡するか。上映開始と共に目覚ましアラームを1時間後にセット。おっと上映中は携帯や音の出るものはスイッチオフがお約束だった。どうするこの映画のはじめの1時間を…。

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本『日めくり猫句』

Nekoku 見つけてしまった猫の本。でも買わずにおいた猫の本。ネットでも読めるかと思った下心。そうは問屋が卸さない。そうさ本屋は買わせたい。やっぱり買ってしまおうか『日めくり猫句』。名だたる俳人が猫を詠んだ俳句を四季折々365日、日めくりで集めた俳句本です。

 

 題に猫 「お前はすでに買っている」
                  詠み猫:アビー

 アビーにも見抜かれている、猫という文字に敏感に反応してしまう僕の癖。

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人生の締め切り

 僕はあまりマンガを読むことはありません。通勤電車の中でジャンプを開くこともなければ、家に転がっているのだめを読むこともありません。その僕が昨日(18日)、夕食後くつろぎの時間につけていたテレビを通して、NHKの〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉を見ることになりました。登場したプロは今やマンガ界の巨人と言われる浦沢直樹さん。幅広いジャンルとキャラクターを生み出し、販売部数も記録的な実績を残している方です。見ていて単純に才能があるということ、一芸に秀でていることをうらやましく思いました。何気なく走らせる一本のペンから強弱をつけて、太く、細く、線が描き出され、キャラクターはじめ絵が生まれ、まるでマンガの中で実際にキャラクターが生き、景色が移ろっていくように感じます。それを自分が納得し、また読者が楽しめるものを生み出しつづけることには困難や苦労があるようですが、同時にそれを楽しみながら続けている様子が映し出され、凄みを感じました。筆を動かしつづけるという姿勢が絵を描くことが難しくなるほどに体を痛めつけてもいるようです。その痛みと折り合いをつけながら、伝えたいことや表現したいことがまだまだもっていらっしゃるようで、そのパワーに圧倒されます。浦沢さんにとってプロフェッショナルとは「締め切りがあること。そして、その締め切りまでに最善の努力をする人のことじゃないかしら」とのことです。最初は拍子抜けのように思えました。締め切りってとても現実味帯びている話。もっと物凄いことが出てくるかと期待していました。これがふぅっと出てきたことからしても作家にとってはそれは切実な問題であり、小さくも大きい目標の一つなんだと思います。僕はすぐさまこれを人生に置き換えてみました。人生にも命という締め切りがあります。その締め切りに向かって今の自分は最善の努力をしているだろうかと。原稿の締め切りと違って、いつやってくるかわからない人生の締め切り。一日一日、一瞬一瞬が大切になってきます。その中で大きな目標を掲げ、それを小さく分けて、成功と失敗を繰り返して積み上げていく、最善の努力をしながら。そう、最善の努力をしながら。

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環境一危一憂:ブックカバー

 さまざまな応対がある、お店によっても、同じ店でも人によっても。
 本を買おうとしてレジに持っていく。
「カバーをおかけするものはございますか?」
 僕はかけてもらっていない。ただそれも聞かれたときにだけだ。一冊だけ買うとき、いつもは聞いてくれているお店でも聞かれることなくカバーをかけてしまう。敢えて手を止めさせてまで断ろうとも思わない。たとえ断ったとしてもポリエチレンや紙でできた袋に入れてくれるから。ここで疑問に思う。ポリエチレンの袋は再生可能なのだろうか。コストが高いのではないだろうか。紙にしてもカバーと袋とでは袋のほうがパルプの使用量が多そうに思える。しかもカバーと違って袋に加工されている分、手間がかかっている。などなど、これって森林保護に役立っているのだろうかと考え込むことになる。どこの本屋だったか忘れてしまったけれど、本に輪ゴムをかけてレシートを挟んでくれて、「レシートは必ずお持ちになってください」と一言添えられて、渡してくれたところがあった。1、2冊ならこれも可能だし、レシート一枚の紙しか消費しないし、とても好ましい。ただこれを5冊も10冊も買う段にそうされても、その場ですぐにカバンに詰め込まなければあやしく思われそうだ。「(トントン:肩を叩かれる)お客様、ちょっとこちらへお越しいただけますか?」なんて、きちんと買ったものをかんぐられても困る。こうして本を買うときにはいつも考え込んでしまう。カバーをかけないことで自然保護に役立とうとする本屋の意気込みはいいけれど、ほぼ同じ量の紙の袋や、再生困難そうなポリエチレンを渡されても困るし、少しも環境にいいことをやっているとは言えないんじゃありませんかと言いたくなる。何かいいアイディアはないものか。やはり自前のシッピングバッグを差し出して入れてもらうという手か。いっそ図書館の本のように本をその表紙ごと透明なカバーでびっしり包み込んで販売するという手も。どうせなら本屋はすべて廃業にして、どんなに小さな村や町にでも国会図書館の仕組みに倣ったものを整え、すべての本は借りることにするという手も。いっそすべての本の出版部数を一冊にして、それを放送局が電波や有線を利用して、24時間365日読み聞かせ番組を放映する手も。
 となんだかんだと言いながら、本は自分でお金を払って買い、活字を追って読み、心や脳を潤すに限る。たかがブックカバー一枚、されどブックカバー一枚、本を買いたくなるたびに買うべきか、借りるべきか悩み、どうしても買いたい時にカバーも袋も断ったなら、店側もそれでよしとしてくれるかどうか考える場面がこれから先何度繰り返されることだろうか。

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温め上手はどっちでSHOW!?

Yutanponeko_1 冷え症、特に末端の手や足の先がひどく冷えてしまう僕は実家で暮らしていたときは昔ながらの湯たんぽを愛用していました。こうして冬真っ只中になると懐かしくなります。12月後半に入って、近年毎年欠かせなくなった、絹のサポーターをルーズソックスのようにふくらはぎに着用するようになりました。夜、床につくと、相変わらず麻の敷き布団カバーのままで、肌触りがいいものの、触れる足先に温かみが伝わらないことからなおさら湯たんぽが恋しくなります。思い切って以前から気になっている〈湯たんぽ猫〉を手に入れようかとも思いますが、毎日のように湯を沸かして使うのは資源と経費の無駄遣いのようで買わずにいます。そうしていられるのもアビーが僕の掛け布団の、ちょうど足のあたりに陣取って眠ってくれることがあるので、よい加減の重みと温かみをもたらしてくれるからということもあります。これが湯たんぽ同様、人肌にちょうどいいのです。猫と暮らしている方には納得いただけることかと思います。僕は首周りの布団はしっかりかけているので入ってきませんが、アビーは妻のほうには進入していくようです。温めついでに、「ご飯ちょうだい」と主張してもいるようです。
Kotatu2

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2007年積読併読はじめ

 2007年が始まって早、半月が経とうとしています。昨日も職場で同僚が
「月日が過ぎるのが早いねえ。こないだ、正月が終わったと思ったら、もうすぐひな祭りだよ」
と口にしていました。節分を飛び越してしまうほど月日は早く流れています。僕自身も年末年始に関係なく働いていましたし、普段も不定休のシフト勤務についていて、曜日や時間の感覚を強くもっているほうではないとはいえ、今ごろになってようやく(2007年になっているのだなぁ)と実感している始末です。それにともない、本屋に通う頻度も高まってきました。店内を回れば、当然新刊は出ていますし、気になるタイトルも目ざとく見つけることになり、ついつい手に入れたくなります。ただ今年は本を買うのは最低限度に留め、家にある、まだ読んでいない本や読み返したいものを読んでいこうと決めています。そんな2007年の初志も本屋に行けば、早々にもろく崩れ去ってしまうのでした。
Edotokyosanpo_  これは妻の実家にご挨拶に伺ったときに彼女の実母が同様のものを開いて、感慨にふけっていたのを見て、手に入れることを決めた地図です。東京の街並みを江戸時代と現代の地図を並べて構成してあり、見比べられるようになっています。とても興味深いです。これに飛びついたのはそもそも勤務先近くを通っている鍛冶橋通りの由来となっている鍛冶橋とはどこにあったのかということを長年勤めている職場の人も知らなかったことからずっと気になっていたからです。江戸時代の江戸にはたくさんの橋がかかっていました。今では埋め立てられ道路などに変わっています。この地図で見比べることで多くの変遷を知ることができると共に、あまり変わっていないことにも気づける不思議な本です。道によっては土がコンクリートに変わっただけと言えるほど同じ場所で現存しています。おもしろいです。他にも京都のも出ていますし、江戸の地図の上に半透明の東京の地図を重ねられるタイプも出ています。地名についての由来に関することがまとめられたものや、明治・大正昭和と今を見比べられるものもあります。買うのをグッと堪えた、散歩した東京をイラストで紹介したものもあります。いろいろあって、店頭で見てみるだけでも楽しいと思います。

Ginza400
 前の地図の流れで店頭で気になっていた『銀座四百年 都市空間の歴史』を本を返しに行った図書館で新着コーナーに並んでいたのを見つけ、借りてきて、読み始めています。



 その他、次々と買ってきました。
Binokuni Lefthandcat Bijapanbody_1
 借りていた『文化力―日本の底力』と、持っていた『疲れない体をつくる「和」の身体作法―能に学ぶ深層筋エクササイズ』を読み終えました。2007年、読書も本格始動しました。

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風林火山ならぬ風林火猫

風林火山

部屋駆け巡ること風のごとく
足揃え立つこと林のごとく
素足に飛びかかること火のごとく
横たわること猫のごとし
「そうよ、あたし、猫よ」 by アビー

アビーの番宣シリーズ《風林火猫》
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NHK大河ドラマ《風林火山》

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エラいところに飼われてしまった!

えらいところに飼われてしまった

なんて言われないように仲良く暮らしていかなくっちゃ
                       by Rhyme(らいむ)

アビーの番宣シリーズ《エラいところに飼われてしまった!》
Eraitoko
テレビ朝日《エラいところに嫁いでしまった!》

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石焼き!?


 餃子!? 焼き芋でもなく灯油でもない、餃子の自動車巡回販売に遭遇。

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まいにちにゃんこ2006年大賞発表

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 にゃんこの365日・日めくりカレンダー『まいにちにゃんこ2006』からお気に入りとしてノミネートされたニャンコの中から、本日、厳正な審査によって大賞の栄冠を勝ち得たのは、東京都の らん ちゃんでした(2006/7/15)。この らんちゃんのお怒り気味の耳と目はあたしの気質の面と似通っているところが大いに評価に値するものと思います。これで2年連続してあたしに似ているニャンコが大賞に輝いたことになります。熱いハートのニャンコ、あたしは好きです。
    【総評:まいにちにゃんこ2006大賞委員会会長 アビー

第2位 レオ(東京:2006/8/10)「未知なる表の世界はあたしも興味津々。でも病院は嫌いです」 by アビー

第3位 くう(広島:2006/11/3)「あたしも箱や袋が大好き。くうちゃんの満足げな表情が好き」 by アビー

第4位 ラム(北海道:2006/5/29)「窓辺で花を前に凛々しく立つ姿。見とれてしまいます」 by アビー

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第5位 ウイ&チャッピー(愛知:2006/9/27)「そっくりで仲良さそうなふたり。でも喧嘩が絶えないんですって」 by アビー

第6位 福(東京:2006/11/6)「寝っ転がるのってとっても気持ちがいいわよねぇ」 by アビー

第7位 ケン(埼玉:2006/8/20)「あなたも寝姿で笑いをとれるのね」 by アビー

第8位 エム(北海道:2006/12/19)「いかに狭いスペースに効率的に活用するかあなたも取り組んでいるのね」 by アビー

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第9位 みかん&ソックス(かながわ:2006/12/13)「あったかそう、でも危なっかしいわね。あたしもお風呂場探検好きよ」 by アビー

第10位 ケン(広島:2006/3/24)「あたしのキッチンカウンターでの寝姿と同じね。足ブランブランが心地いいのよね」 by アビー

第11位 たま(北海道:2006/8/30)「あたしもねみんなが布団をたたむときにそんなふうに寝っ転がって邪魔してやるのよ」 by アビー

第12位 まる子(千葉:2006/11/12)「あなたはセコムの猫? 不審者には睨みを利かさないとね」 by アビー

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アビー:あたしの好きな和室の片隅で

アビー:あたしの好きな和室の片隅で

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アビー:テレビが特番ばかりでつまらないわ

アビー:テレビが特番ばかりでつまらないわ

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ウルトラマン・アビー

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 シュワッチ!

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アビー:寒いです、箱になります

アビー:寒いです、箱になります

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「命と環境のための17条憲法」の草案2

第2条(草案)
「人やもの、それらを結ぶ和が在る自然や環境について三法をもって敬いましょう。三法とは、リデュース、リユース、リサイクルです。リデュース(Reduce=ものを廃棄物として出さない)、リユース(Reuse=ものが廃棄物として出されたとしても再使用する)、リサイクル(Recycle=ものが廃棄物として出されたとしても再利用する)ことを意味します。この廃棄物をできるだけ出さない社会や宇宙をつくるための基本的な考え方をいつの時代の、すべての人が貴び、守り、努めていくことが大切です。すべての人で取り組むべく、この三法を教え、伝え合っていきましょう。この考えを守っていかなければ、ものはおろか人をはじめとするすべての命が尽きることになるでしょう」

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ビフォア・カジノロワイヤル

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   カジノができるお年頃な007

Dog
 カジノをするにはまだ早く、ラッシーと遊ぶしかない0.07(ゼロ・コンマ・ゼロセブン)

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『「美の国」日本をつくる』構想への関心

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四つの洲(くに)構想と新首都
 川勝平太『文化力 日本の底力』より
 ・新首都:鎮守の森の都(那須)
 ・森の洲
 ・野の洲
 ・山の州
 ・海の洲

とても興味深いです。「美の国」日本をつくる』というこの構想。

                  Linkicon

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アビー:あたし入りの福袋

アビー:あたし入りの福袋

値段をつけられるはずないわよね byアビー

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10時10分前戦闘準備よし

10時10分前戦闘準備よし

各自狙いを定めよ。お目当ての福袋はどこのでしょう。

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タワーの上から明けまして…

タワーの上から明けまして…

…も朝寝しています。

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「命と環境のための17条憲法」の草案1

第1条(草案)
「命ある宇宙においてはすべて一様に和をもって貴しとしよう。ものは命に、命はものに通じる宇宙にあって、人と人の和、人とものの和、ものとものの和、あるがままに和をもってあらゆる命と通じ合うことを心がけよう」


 宇宙―それは空間(=宇)と時間(=宙)の広がり。宇は家、天、天地四方、人の器量・心。宙もまた空、空間、そして過去・現在・未来に渡る無限の時間。無限の宇宙の中に、有限の人、もの、あらゆる命が存在しています。そこには厳然と和が広がっていて、命はその存在する世界に和の広がりと繋がりを必要としています。あらゆる命の総和はそれぞれの間にある調和により増減しています。これからの時代は有限のものが増えすぎることなく、また、減りすぎることなく、和をもって調え、平和をもって有限の命が無限に在り続けることを図っていくことが望まれます。
 人と人の和とは、争いをしないということにとどまらず、積極的に関わりをもつことで魂と魂を触れ合わせ、支え合うことによって和するのです。「人」という字はこうした心を表して成り立っているのです。人から人へこの和の精神を伝え合いましょう。
 人とものの和とは、ものがそれをもつ人と一心同体であるかのように感じ、思い、行うことで、それらの間に他の人やものから見ても調和がとれている様子にあるということです。ものを見極める力をつけ、そのものが自分の分と吊り合っているか、必要とするものかを考え、和することに臨みましょう。分不相応なもの、必ずしも要としないものをもたないことが和に通じます。
 ものとものの和とは、かたちおよび質において美しくあり、調和がとれている様を指します。そこには無駄などなく、違和感はありません。和そのものです。
 空間と時間の広がりである宇宙に在るすべてのもの(それは命であり、環境である)について和をもって貴しとして、有限を生き、無限の流れの中で命を紡いでいきましょう。

※参照
 聖徳太子・十七条憲法
 漢和辞典(旺文社)
 『一神教の闇』
 『「品格」の磨き方』
 『疲れない体をつくる「和」の身体作法』
 『文化力 日本の底力』

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