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2006年5月

うたかたの夜

 半日にわか主夫として過ごした休日の今日、我ながら充実していたと思う。そのご褒美にささやかな贅沢をほんの少し。まずは夕食時に一番絞り500mlを一人で飲み干す。うまい! 次にビールを買う前に立ち寄った本屋で『とっとdeさっさ』を買う。さっさと夕食を済ませ、とっとと読み始める。影響を受けやすい性質のようだ。タイトルがとっとと読み始めるように告げてきたように感じる。良きにつけ悪しきにつけ、この本にさっさと影響を受け始める。なんと著者は『本屋では厳選を避け大雑把がいいと推奨している。Tottodesassa 本来、僕は大雑把に本を買っていたのだが、最近は図書館で借りて読もうという意識が強く働いて、厳選するようになっていた。でも、そうじゃないんだ、本というものは、というのが著者の主張で、まったくもってごもっともなのだ。そうしたいのは山々なのだが、とっととさっさと買って、どどっと積んである状況なので、うちには本を置いておくスペースがあとわずかアビーの額ほどしか残っていない。それにもかかわらずこの本を僕に手に入れさせた出版社殿、ネーミングの勝利です。とっとと買って、さっさと読み始めるしかありません。さっと読んで、!っとっとしおりをはさんで、今はアイスクリーム・爽(パインヨーグルト味)を口に運びつつ(←とってもおいしい)、 IL DIVOの♪ANCORA♪を聞きながら、ブログしている。CDだから曲のことを書くのが本筋だろうけど、ジャケットに注目しよう。断然ファーストアルバムのほうがいい。男の僕ですら、かっこいい! なんだ、この人たちは? で、どんな歌を歌うの?と思っているうちに買ってきてしまったほどだ。今回のジャケットは表よりも裏のほうがまだいい。Ancora_ 表のほうを穿って眺めてみると、一番左にラテン度を増した少年隊の錦織一清がポッケに左手を入れ、一人少し離れて歩き、次いで日テレ・ズームインの田辺アナがアメリカ人風になって並び、その隣には細面になったケビン・ベーコンが少し遅れをとり、一番右側にはまじめに歌っているときのSMAPの中居正広の顔つきで錦織と同じ方向を見つめている。同じジャニーズ系ということで同じ視線になったのだろうか? などと茶化してはいけない。さした他意もない。改めて曲のことを挙げれば、セリーヌ・ディオンとの競演している♪I BELIEVE IN YOU♪が気に入った。この他においても彼らの歌声は美しく響いている。イケメンにはイケ声が備わっているということだろうか。それにしても裏ジャケでも中居君は表と同じ方向を見ている。よっぽどの美女がそこにはいるのかもしれない。
 夜も更けた。今宵はこれまで。明日も シャキッと爽やかに起きられるようにお風呂に入って、眠りにつこう。Soh

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うたかたの日

Sukkirikitchen (今日は掃除をしよう)とスイッチを切り替えていた。朝食を済ませたあと、ウトウトと、それも2時間も眠ったあと、ようやくスイッチを入れた。まずは洗濯機のスイッチをオンにして、任せ切りにする。僕は掃除機を出し、スイッチを入れる。僕自身が本格的な掃除に携わるのは久しぶりのことだった。ここのところは奥様がちょこちょことやってくれている。ラグマットをスイブル・スイーパーすると猫のアビーの毛がよく取れる。優れ物だが、時折マットの網目を絡み取ってきてしまうのが難点だ。そのためラグは所々ほつれた長い網糸がビロ~ンとしている。マットの掃除機かけを終え、和室に取りかかろうとする。振り返るともうすでに愛娘のラグドール・アビーはラグマットに寝っ転がり、新たな毛を残さんとくつろぎ始めている。そうはさせじと僕は掃除機のスイッチを入れる。アビーは堪らず退散する。掃除機もまじめにかけると結構な重労働だ。家中を巡り歩いたら、2時間近くたっていた。掃除機を片すため、収納庫の観音開きの戸を開ける。ふと薬箱に目が行く。同じ場所にしまってあるのだ。(そう言えば、この間、薬を引っ掻き回してしまったな)と整頓することにした。薬箱にもたれるように奥様の本が並んでいる。重曹関連の本だ。これも優れ物らしい。先日、テレビで洗濯する際に重曹を1カップ入れると、黄ばみや匂いがきれいに取れてなくなるという生活の知恵を解説していたのを見た。ちょうど掃除も洗濯も済ませ、お昼近くになっており、僕はちょっと一休みしようと、怖気づいていたアビーにお昼ご飯をあげたのち、空いている座椅子に座って、5、6冊ある重曹の本をざっと拝んでみることにする…なんでこんなにたくさん買ってあるんだろうと思いながら。その中の1冊のとある章に目が留まる。家電製品も吟味してセッティング。そう言えば我が家のキッチンカウンターも雑然としている、思いついたら動かずに入られない。見渡す限りに500mlペットボトル数本、ワインの空きビン2本、ジューサーミキサー1台、エスプレッソコーヒーメーカー1台、炊飯器1台、ブリタ浄水器1台、そしてポテトチップス1袋が並べられている。これだけカウンターに出ていると広いL字型のスペースもさすがに狭く感じる。片すことにした。さて、どこにしまう!? 収納扉をあちこち開け、整理整頓してスペースを作り、せっせとしまう。物がなくなったカウンターはスッキリ! 洗剤をつけたスポンジであわあわと洗う。白く輝きを取り戻したカウンターには炊飯器とブリタだけが残った。あんまり片しすぎると本当に“お蔵入り”になってしまうと本にあり、気にはなったけれど、ミキサーもエスプレッソマシーンも片してしまった(健康とダイエットのためにはポテトチップスは永久にお蔵入りのほうがいいと思う)。こうして見事にきれいになったキッチンを眺めるととても心地いい。満足感と達成感でいっぱいだ。もうひと踏ん張り、ステンレス・ヤカンの焦げ付きを取ってやろうかと重曹を振って、スポンジごしごし。かなり手ごわい。ちょっとめげて、今、酢を浸したペーパーをヤカンにくっつけてある。どうなることか…。

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猫のアビー『あなたの物はあたしの物』

Ab50_1 最近では完全にのっとられている僕の座椅子。この天真爛漫、傍若無人たるアビーの寝姿。この春には毛の生えかわりで青い生地が白く染まるほどの勢いでした。その抜け毛をブラシで取って、アビーの居ぬ間に僕らが座り、テレビを見たり、本を読んだり。遊び疲れて、一休みしたくなって、座椅子まで戻ってくるとき、僕らのどちらかが居座っていると(ガブッ!)と投げ出している足に噛みついて「あっち、行って!」と実力行使に出るアビー。堪らず退散する僕ら。それでもどうにも眠くて、身動き1つしたくないとき、アビーも大目に見てくれて、一緒に眠たくなってくれる。

「ちょっと窮屈だけど、あなたもいい夢をご覧なさいね、奥様」

Ab41

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本『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』

Barabiwalemon どれを取っても1つとして書ける字がない。薔薇はバラだし、枇杷はびわ、檸檬はレモン。あまり日常的に書く漢字ではない。カタカナやひらがなで事足りてしまう。あるいはそれで済ませてしまっている。本当は漢字のほうがふさわしい場合もあるかもしれないというのに…。薔薇、枇杷、檸檬、これに続く木を挙げるならば、芙蓉の木でしょうか!?
 この本にはそんな感じの女性たちの、夫婦の、日常が延々と書き連ねられている(らしい)。というのも、昨日から読み始めて、今日、読み続けることをやめることにしたので、最後までそのようであるかはわからずじまいということになる。『明日の記憶』もそうだったが、最初の20ページくらいまでで読むのがしんどくなってきた。この本の場合、登場人物が多く、登場するごとにその人の日常が綴られている。(…それで、なに?)となってしまったわけだ。平凡な日常は僕自身が身をもって送っていることなので、それ以上に日常に浸かっていたくなくなってしまったというところか。それでも我慢して、100ページまで読んで、この調子が続くようだったらやめよう、と決め、実際に続いてしまったので、あとはさぁ~と斜め読みして、10分くらいで200ページ近くまで行ったところで駅に着いた。打ち止めにした。
 結局、どんな本だったのだろうと気にはなったので、最後に解説を読むことにした。唯川 恵さんが書いていた。率直なところ、本編よりこちらのほうが興味深かった。唯川さんは、『江國さんの読んでいると、時折、恋におちるというのは、どこか死に似ていると思う』らしい。『自分が自分でなくなってゆく感覚』は死に通じると言っていいのかもしれない。また、こうも書いている。『恋は一点突破だと思うの』-これは江國さんの発した言葉らしい。僕は欲張って、恋焦がれてきたように思うけれど、欲張った中でも一際光る何かに導かれていたのかもしれない。恋に落ちて、愛に昇華し、結婚した僕は奥様のどのような一点をもって、突破したのか、されたのか。思うに、それはなんとなく和む、ということだろう。年がら年中、和んでいるわけではない。奥様から突如、小難しい話題が降って湧いてきたり、一生懸命話してくれているのだけれど、言っていることが僕にはわからなかったりするなかにも和む思いを感じている(もちろん時には不完全燃焼な気持ちにもなる-そんな時はそのままくすぶらせておく)。だからのほほんと夫婦していられるのだと思っている。
 夫婦-不思議だ。関係そのものが不思議だ。赤の他人だった人と、恋や愛を通して、赤色が吸収されて、赤が取れて一番身近な他人になり、その人と暮らす。赤い血がつながった親も他人と言えば他人だが、これから血と血を交わし、家族を築いていこうとしているところも不思議なものだ。それになぜ“婦”なのか? 夫に対するなら、妻だろうって(もちろん夫妻という言葉もある)思ったので、ヤフー!辞書を検索するとまた不思議。『婦』の意味で1番目に出てくるのが、【夫のある女性】。『婦』にはそういう意味があるんだと知る。では、『夫』は、と引いてみるとまた面白い。おっと(夫)は2番目で、1番目がおとこ(男)ときた。ここでなにもそれぞれの1番目の意味同士をくっつけてみなくてもいい ― 男と夫のある女性、夫と女性、その関係を夫婦と言う、なんてことは…。夫婦、この何気ない、この言葉の組み合わせを不思議に思う。この不思議さがあるからいいのかもしれない。そんな不思議さをお互いに思っているのが僕ら夫婦と言えるのかもしれない。
 このようなことを書き留めるに至った『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』というこの本は僕の中に不要の気を芽吹かせた。

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『世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント』

Pm 僕の会社でもプロジェクト会議なるものが行われるようになった。どんなことをやっているかは想像の域を越えるような、越えないような…。そもそもプロジェクトとはなんなのか?、それをマネジメントするということはどういうことなのか?といったことが世界一わかりやすく書いてあるとのこと。図書館で借りて読んだ。そしてわかった。これを読む前からわかっていたのだが、読んで一層、世界一わかりやすくわかった。うちのプロジェクトは失敗している。誰がやろうと言い出したかは知らないけれど、やらされているうちは成功することなどあろうはずがない。

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猫のアビー、洗いの音に癒される

Ab61「やっぱり洗いの音が一番、癒されるニャ。シャワワ~、シャワワ~、一定の間隔で水の回転が逆転し、シャワワ~、シャワワ~、うっとりしちゃう」
 洗濯機の中に洗い物を入れようとするのを猫パンチで邪魔したあと、スイッチが入ってからは袂に飛び降り、鎮座ましましたアビー。水の音に癒されているようです。
「洗い終えるまであと20分ですニャ」

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簡単な暗号文と、簡単なようで難しい数列

れが何なの? これは何なの?というのがフィボナッチ数列。
ったにお目にかからない数学の世界のお話!?
ん~、ところが今や『ダ・ヴィンチ・コード』によって注目される1つ。
はいえ、この数列が何なの?という思いは残ります。
原を初めとし、自然界にはこの数列が多く見受けられるそうです。
れど僕らは自然を楽しむだけで、この数列までは思い起こさない。
んと勉強した人でないとわかりそうにない。それでも中には
存知の方もいるでしょう。これからやってくる熱い夏にひときわ
に焼きつくようなひまわりの、その種の並びがフィボナッチ数列。
ん~、どういうこと?っていう方、詳しくはこちらをどうぞ!
んとよく見てみると、螺旋状にフィボナッチな数の種子が並ぶ。
あ、少しはおわかりになったでしょうか? フィボナッチ数列。
いえ、全然わかりません。そうでしょ、僕もさっぱりわかりません。

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クリープを入れないコーヒーなんて

 ネットをやっている限り、スパムというのに悩ましくつきまとわれてしまうのでしょう。
 ブログによっては同じプロバイダー会員以外からのコメントやトラックバックを受け付けないという設定をしているところもあります。これもスパム対策の1つらしいです。幅広く、間口を広げて、それらを受け入れないなんて、『クリープを入れないコーヒーなんて』と同じだと思っていました。でも、自分のブログにはスパムがつけられると、汚された気になります。そこでココログの機能の1つ、コメントやトラックバックを僕が中身を確認して、公開するというのをここ1ヶ月、試しに設定しました。そのためそれらをつけていただいても、すぐに表示されないという状況が続きました。僕自身、すぐに表示されたほうがいいとおもっています、でも、スパムは嫌だ。ジレンマです。いずれにせよ、こまめに自分のブログをチェックしなければいけないことには違いがありません。それならば、公開を許可することなくタイムリーに表示させたほうがいいと思いなおしました。ですので、僕のブログにスパムなコメントやトラックバックがついていることがあると思いますが、それらにアクセスして被害を遭われないようにご留意くださいませ。かくゆう僕もスパムやウィルスは心配なので、最近、McAfee SiteAdvisor(←リンク先はこの説明文)というソフトをダウンロードしました。快適なネットサーフのひとつの目安になります。
         時折、ブログ管理の間隔が空いてしまうRhymeより

 ちなみに僕は我が家でペーパードリップでコーヒーをいれて、ブラックで嗜みます。コーヒーにクリープを入れるなんて、しません。それにタリーズ(Tully's)のモカが好きです。最近、頻繁に飲むようになるまでは、チュリーズだと思っていました。ハハハ。英会話のできない日本人なんて…ごまんといるぞ、僕もその一人です。Do you speak English ? See you on my site and your one.

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皆さん、貴方のカナリヤどこでしょうね?

 そう、会社から自宅へ帰る途で、足を運ばずに入られない、あの香菜里屋ですよ。

 この香菜里屋っていうのは、北森 鴻さんの小説の舞台となる、東京・三軒茶屋の路地裏にひっそりと佇むバーの名前です。先日、時折立ち寄る本屋でふと目に入ってきた『桜宵』というきれいな言葉に呼ばれ、手にしました。なにやら、客から持ちかけられる何気ない事件というか謎というかをマスターの工藤がそのベールを紐といていくというものだとか。この著者のことは存じあげていなかったのですが、面白そうなので買ってみました。今、通勤途中に読んでいます。面白いです。謎ときも面白いのですが、一番の魅力はマスターです。ものすごい観察力、好ましい接客態度、凝った手料理、卒のない動き、幅と奥のある知識、これらをフルに目の当たりにして飲んだり、食べたりすることの至福を思うと、探してみたくなります、自分なりのカナリヤを。皆さんにはカナリヤがいますか? それはどこにいるのでしょうね?

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本『世界の国歌』

Worldflag  先月、本屋でたまたま見つけて、手に入れました、『世界の国歌』。アンジェリーナの『思いは国境を越えて』つながりで見つけたと言っていいです。僕の知らない国の、想像を越える実態を知り、世界とか平和とか人道支援とか日本という国家とか自分とか人生とか見つめてみたいと思いました。そしてこの本の帯「へぇ~、こんな歌だったのかぁ」というのに誘われてのぞいたら、国歌が淡々と書いてあり、それがまた説明や主観が入っていなくて、とても好ましい姿勢に思え、読んでみたいと思いました。この本はまた【世界の国歌ガイド】というサイトが関わりがあるようです。本には載っていない国のものもあって興味深いです。アクセスしてみてください。そんななか初めに取り上げてみるのがこれ↓ 

アメリカ合衆国「星条旗」

おお、このように常にあらんことを、自由人たちが
彼らの愛される家庭と戦争の荒廃の間に立つであろうとき!

(中略)
私たちは征服しなければならない、それがまさに私たちの主義であるときは、
そしてこれが私たちの標語であらんことを: 「神の中に私たちの信頼はある」。
そして星条旗は永遠に翻るだろう
自由の土地と勇者の故郷の上に!

 曲のできた背景などを考える必要があるのでしょうが、字面だけ読むと、アメリカという国は恐ろしい考えをもっているような気がします。戦争に関連した内容を歌い上げていたんですね。愛される家庭と戦争の荒廃の間に立つであろうとき、彼らの主義(←自由と大いに関連が深い)をもって、それを遮ろうとするものがあれば、征服しなければならないと考えていること。これって怖い! そして神の中に私たちの信頼があると自分たちで言ってしまっていること。これも怖い! 世界はあなたたちだけのためにあるのではありません。いろんな思いをもっている人たちがたくさんいるのです。神はおそらく人類をあまねく愛し、信頼していることでしょう(僕→無神論者)。そうとばかり歌ってはいられないのではないでしょうか? やはりこの先、アメリカン・ドリームは廃れていくのでしょうか。イリュージョンを見ていたんだよ、とヨーロッパやアジアの人々に言われるようになるのでしょうか。

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本『スイスと日本 国を守るということ』

Swiss
 「永世中立」と「民間防衛」の知恵に学ぶ

 

 このままでいいのか日本!
 このままでいいのか、日本の外交!

 これからの日本のあり方について考えさせられる1冊。まだ読んではいないが、『国家の品格』に通じるものがあると思う。

 国連憲章の中でまだ日本に対する敵国条項がはずされていないにもかかわらず、常任理事国を目指す日本。アメリカの対中への思惑の移り変わりの中で、アメリカにコロコロといいように扱われている日本。大人になれない日本。こうした状況を甘んじて受け入れてしまっている責任は僕ら国民の一人一人にあるんだ。

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価値観の相違より上を行くもの

 休日に奥様がいるときはテレビをつけている時間が平均8時間だとすれば、僕が一人でいるときは30分という傾向の中、5月12日に限っては僕はなんとなく『私がダンナと別れた本当の理由ベスト100』というバラエティを見てしまった。食後になんとなくスイッチを入れたらやっていたので、なんとなく面白そうだったので、途中からだったけれどなんとなく見切ってしまった。以下がその時の30位以降のデータだ。それぞれを検証してみよう。
 30:私の仕事への嫉妬 ←奥様の仕事は説明を受けてもわからない
 29:夫が嘘をつく ←人は誰でも嘘をつく
 28:味覚が合わない ←我が家でもある…違う人間なのだから
 27:夫が仕事人間 ←奥様の仕事の拘束時間のほうが多い
 26:子育てを手伝ってくれなかった ←それ以前の問題である
 25:夫がとにかく頑固 ←お互い様だ
 24:子供が独立して母親の役目を果たしたから
 23:マザコン ←男はその傾向があるという
 22:姑への不満 ←さぁ!?
 21:みんなの前で私の悪口を言う ←あるいは!?
 20:夫のギャンブル ←人生や結婚こそがギャンブルだ!?
 19:私を家政婦扱いにした ←僕は奥様扱いしている=当たり前か!
 18:夫が愛人を作った ←その予定はフランクリン・プランナーには書いていない
 17:夫が私の親に冷たい ←あまりお会いする機会を設けていない
 16:夫が家計に口を出す ←別々でよかった
 15:夫の親との同居が嫌 ←自分の親とも同居は嫌だ
 14:男尊女卑
 13:私が病気のとき冷たかった ←料理の腕は奥様には及ばない
 12:夫の性格がちゃらんぽらん ←確かに波はある
 11:夫の定年退職 ←定年以前に職を失ったらと考えると…
 10:夫以外に好きな人ができた ←そういうこともありえないわけじゃない
  9:会話がない ←最近はない!
  8:夫の親の介護への不安 ←親は元気で留守がいい
  7:借金 ←ない
  6:夫の暴力 ←手を出すことはない。口撃はするかも(毒舌系性格)
  5:酒癖が悪い ←最近は大好きな一番絞りでさえ飲んでいない
  4:夫の浮気 ←していない。浮気はしない、常に本気だ
  3:甲斐性がない ←さぁ!?
  2:暴言 ←毒舌がこれに当たることもあるかもしれない
  1:家事を手伝わない ←奥様より得意かもしれない

 以上、ほんのひとつのデータに過ぎないので、?(疑問符)が浮かばないわけではない。よく聞く理由の傾向として、価値観の相違というものがある。今、感じていることはそれよりも『感覚の相違』というものが一層深刻のような気がしてきた。
・洗面所を使って、抜け毛が散らかり放題。次を使う人のことを思えば、大雑把でも片したほうがいい。
・洗面所の鏡に水しぶきを飛ばしたまま放置しておく。鏡に映る顔を手入れすることに気を囚われて、鏡の汚れに気づかない。ヒューマンエラーの1つと言える。
・深夜、眠っている人のそばでテレビをつけて、その内容にリアクションしている。
・ふたりで過ごせる時間が多少なりとあるにもかかわらず、別々のこと(テレビ、読書、ゲーム、外出etc.)をする。
・掃除機をかけたいけれど、読んでいるのか読んでいないのかわからない本が山のようにリビングの床に積み上げられている。
 というような例が挙げられる。他人に対する思いやりや気配りといった感性、感覚の違いがストレスを生む。これは価値観といった築き上げられたものの相違以前に、生まれもってきたもの、習慣づけられたものといった要素が強いだけに、その違いに違和感をもつということは価値観の相違以上に深刻なことだと思う。それを解消するためにはその気持ちを相手に伝えて修正し合うことが必要なのだと思う。そうすることが望ましいのだろうが、そう思っていようが、本に書いてあろうが、行動に移すかどうか移せるかどうかはまた別物なのがキーだ。たまたま図書館から借りてきている本がある。
Assertive
 素直な自分表現
 自分も相手も尊重するハッピーコミュニケーション

 とある。
 これを思う通りできればそれに越したことはないのだろうが、実の所は(わかっちゃいるけど、やめられねぇ、あっそれ!)てなもんで、なかなかできない。それ以前に、本にも書いてあるが、『親しい間柄なら、以心伝心で気持ちがわかるし、わかってもらえる。…気づいてくれてもいいのに』という思いがある。他人、相手、周りの人間に対して少しの思いやりや気配りがあれば、(そんなふうにはできないだろう)、(そんな選択はしないんじゃないの)っていう思いがどうしても残ってしまう。そう、だからそのことをうまく伝えればいいでしょう!ってことなんですが、ねぇ、うーん、なかなか、ね、できそうでできない、できたとしてもそうしたくない。その前に感覚、感性を身につけていたいっていう思い。なかなか難しい問題だな。

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ねこだま2

 ニャント!このようなマンガ本が出ているなんて知りませんでした!

Nekodama2  大きさは少年ジャンプとかチャンピオンとかマガジンとかと同じくらいです。このサイズのマンガを買ったのは20年ぶりくらいでしょうか。おとといの仕事帰りに通りがかったセブンのウィンドウ越しに発見したのでした。その時はそのままやり過ごし、翌日、出勤途中で立ち寄りました。(ニャンだ!このマンガ本は!?)と手にしてみると、表紙だけを猫で飾ってあるのではなく、全ページニャンコだらけのマンガでした。(こんなのありですかぁ? あり!ですよね)って感じで、速攻(←死語!?)で買っていました。買ったものの仕事の合間に読めるほどスローな職場ではないので、帰りがけに電車の中で読み始めました。普段なら、いい年したおっさんが電車の中でマンガを広げて、ニヤニヤ笑ってんじゃないと思うところを、今日に限っては僕もやってしまいました。それどころか、『東京タワー』を電車の中で読んで涙が止まらなかった逸話同様、この『ねこだま』の場合、かわいくておかしくて、声をあげて笑い出しそうになってしまいます。この世のニャンコ好きを見事に捉えた、優れ物の企画本だと思います。猫好きさんは思わず手に取ってしまうでしょうが、くれぐれも電車内では読まないほうがいいです。おうちで、ニャンコが眠っている傍らでクスクス、ゲラゲラ笑いながら読むほうがよろしいでしょう。かくゆう我が家のアビーは先ほど、寝そべって読んでいる、その広げているマンガの上を堂々と踏みしめ、しっぽで僕の顔を撫でつけて、開いているベランダへの吐き出し窓の所に歩んでいきました。
「いくらかわいいニャンコがたくさんいたとしても、たかがマンガ。あたしの魅力には勝てないでしょ!」

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