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2004年4月

本は読むもの? 買うもの?

 昨夜、おいしい夕食をとった帰りに小さな本屋に立ち寄りました。ちょっと覗いていくだけ、のつもりでした。最近は、惹かれる本が少なかったし、電車が来るまでの時間つぶし的な感じだったのですが…。ところが、一冊の本の表紙を見たおかげか!?、次々に本に呼ばれることとなりました。

 その一冊目の本というのが、
『月ノ石』
です。表紙にレメディオス・バロの『星粥』が使われていたのです。展覧会に行ったこともある、好きな画家の絵でした。思わず手にしました。帯がまた怪しい。『月と山羊と死者たちがあなたの恋の邪魔をする。怪異と神秘が田園を包む妖しく美しい異色の名作―柴田元幸』…ですよ。怪しいもの好きとしては(買いっ!)でしょう。私の関心のある『月』と、誕生月の星座『山羊』、おまけに『死者たち』が、もしかすると、私の恋の邪魔をするかもしれないんですよ。読みたくなるじゃありませんか。

 続いて、目に留まったのが、
『図書館の水脈』
です。帯に、「誰かが知らないところで誰かを救っている」…村上春樹の「海辺のカフカ」に導かれて旅に出た主人公たちは、四国で思わぬ偶然に巡りあう。それは世界が微笑みかけた瞬間だった。すべての本好きのための物語。これぞ、活字中毒冥利というやつです。だいぶ前に『海辺のカフカ』の上巻を読んだっきり、ほっぽらかしたままな上に、そのトリビュート小説が出たからといって、買ってしまうのですから。

 そして、(もう2冊も買おうとしているんだから、3冊に増えようが大勢に影響はない)と手に取ったのが、前々から気になっていた
『黄昏の百合の骨』
です。「自分が死んでも水野理瀬が半年以上ここに住まない限り、家は処分してはならない」という亡き祖母の遺言の意図とは? 「魔女の家」と噂される洋館に隠された秘密…。洋館の周りで次々に事件が! フッフッフ…気になる。

 もうここまで来れば、たがが外れたも同然。さらに気になるタイトルを発見!
『最後の晩餐の作り方』
「御注文は以上でよろしいでしょうか?」と聞き慣れたフレーズが帯に書かれています。しかし、日頃、ファミレスで聞いているのと違う響きを感じたのは、【最後の晩餐】において投げかけられたフレーズだということです。イギリスの高貴なる趣味人にして美食家が、南仏プロヴァンスを舞台として語る、四季折々にふさわしきメニューの数々と幼少の甘き思い出。美食とミステリー。元来が取り合わせのよい二つの「食材」を、作者は巧みに操って、見事な一品となした。その絢爛たるレシピのあとに待つものとは? なんでしょうねぇ。

 その後も丁寧に本棚を目で追っていくと、
『王妃に別れをつげて』
という、なに、なに、なにって感じの本がありました。マリー・アントワネットの朗読係をつとめる女性の目を通して鮮やかに描かれるヴェルサイユ運命の三日間。えぇ、どんな三日間だったのぉ、って思いませんか? 思っちゃったんです、私。

 最後に手にしたのが、
『コズモポリス』
背表紙が『COSMOPOLIS』でした。これまた、何?って感じです。帯を読むと、「N.Y.の街をリムジンで移動し続けながら、男は金の動きに一喜一憂し、セックスを貪る。背後から、殺人者の手が延びていることも知らずに…。現代アメリカ文学最大の巨匠が放つ極上のサスペンス、哄笑に満ちた都市の伝説、現代の寓話、あなたが陥る物語。そうです、私が陥ってしまったのは、活字中毒の連鎖。またしてもいつ読み終えるかわからない本をたんまりと買いこんで、本屋を後にしました。

 そして、今日。昨日、買ってきた本を読み始めるかと思いきや、読み始めて、読み終わってしまったのが、
『○○○の×××』
なんだかダルダルしているうち、目に留まり、読み始めたら、面白かった。ふむふむ、がってんがってん! しているいちに眠たくなって、お昼寝。また起き出して、読んでいるうちに読み終わりました。同居人の本棚より自分のを読み進めるのが先だと自覚していますよ。わかってはいるんです。だからこそ、読む前には本を買う必要があるのです

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低体温ぶりを発揮している…

 というか、熱が冷めてしまうというか…。
『ある大切な事柄を為すにあたって、そのきっかけや理由等をきちんと考えいなかった』というのは、いただけるものではない。今回、イラクで人質になっていた人たちと同様で、それぞれ、報道や人道支援という大切なことを為そうと赴いたものの、時と状況を甘く見たがため、陥ったのだと思う。あとになって(考えや判断が甘かった)とか(自己責任があるというのはわかっていたつもり)とか(誤解がある)とか言ってみても仕方がない。人はやはり、自らの言動には、それを表現する前にきちんと考えた上で、責任をもって、臨むべきだと思う。
 とはいえ、自分のことはさておいて、人のことを言っている場合でもないかぁ。ブログ記事の内容も薄くなってきており、熱が冷めたというか、低体温ぶりを発揮しているというか…。

何気ない言葉にも存在するものなのだろうか?

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売り時を逃しちゃぁ…だめだ

そりゃ…じゃなくて、『だめだこりゃ
長さんが亡くなったときに一生懸命あちこち探したけど、売り切れちゃっていたのか、
見つからなかった。ようやく店頭に並んでいるのを見かけたけど、買うのを迷った。
買い時を逃したかな。

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不可解な遺言を残して

設定が面白そうで、買いそうになった。文庫になるのを待つか、誰かが買ってくるのを
待つか『黄昏の百合の骨

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波紋は、水の年輪に見える

タイトルに惹かれ、この著者だったらと買いそうになった『水の年輪

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亀になったおばあさん、の話

思わず手に取って、買いそうになってしまった『亀になったおばあさん

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総額表示は驚愕表示

 総額表示が義務付けされましたね。消費する側も、消費していただく側もかなり戸惑いがあり、混乱に満ちたものがあります。さて、皆さん、次に挙げる中で、どれがいちばん気に入らないですか?
 これまでの税別計算方式であれば、本体価格150円のものを2つ買った場合、315円でした。以前本体価格が150円だったものが、
 A店では、総額表示158円として、2つ買うと、316円を請求されます。
 B店では、総額表示157円として、2つ買うと、315円で請求されます。
 C店では、総額表示160円として、2つ買うと、320円で請求されます。
さて、どれがいちばん気に入らないですか?

 A店は、1円の値上げにみえます。この場合で、あえて友達同士の二人が同じ金額のものを欲しくて、面倒なので、精算を一人が受けもち、2つのものの支払いを済ませた場合を考えてみましょう。あとで割り勘にすることになるのですが、これまでの税別計算方式では、一人は157円で、もう一人は158円になっていました。一人が1円多く支払っていたことになります。A店における総額表示計算では、このケースに当てはめると、二人とも同じ金額を支払うことになるので、ある意味、公平になっています。これまでの税別計算では、消費者側に多く負担させるケースがあった上に、不公平感もあったわけです。そして、今回のA店の総額表示では、消費者側に多く負担させる慣習を残しつつ、公平感をもたせることになりました。

 B店は、店内に『システム上の理由で・・・』どうのこうのと張り紙をして、事情を説明していましたが、総額表示157円のものを2つ買って、315円としてしまうのは、小学生でもできる足し算を大の大人ができていないことになります。システムのせいにしないでほしい。単価を税込みに設定するだけで片づいた話なのに。そのような設定ができないシステムというのも考えにくい。もしあるとするなら、そんなシステムを使っているほうがおかしい。わざわざ張り紙までして、私たちは足し算もできない馬鹿ですよ、と世間に知らしめているようなもの。こんなお店では買い物をしたくありません。

 C店は、総額表示導入当時は注目されて、気になるだろうけれど、そのうち慣れてきて、消費税がいくらだとかわからなくなるというのを見越してか、便乗値上げしてしまったケース。こっそりわからないように値上げしたつもりでも、注目を浴びている今、消費者は(このC店は値上げしやがったな)と思います。それに腹を立てる人はC店を利用しなくなるかもしれません。ピンとこなかった人は今後も利用するかもしれません。でも、そのうち総額表示に慣れてしまえば、うやむやになってしまいます。おぬし、うまいことをやったなぁ、てなことになるのかもしれません。

 さて、どれがいちばん気に入らないですか?

 そして、いちばん気に入られていいはずのD店。157円のものを2つ買って、314円を請求してくるケース。これを考えてみた場合でも、総額表示に慣れていない今、一瞬、(ちょっと値上げになったんじゃないの!?)と疑われてしまいます。これまでの税別計算方式で消費者側に多く支払いを負担していただいていたものをD店側で負担することにしたにもかかわらず、値上げしたと疑われて、わかりづらいと消費者にこぼされて、踏んだり蹴ったり。いまどき、蹴りたいのは、背中かサッカーボールか。ちなみに芥川賞を受賞した、綿矢りさの『蹴りたい背中』は総額表示で1050円です。

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足も歩きすぎれば棒になる

 春休みに入って忙しかったので、ここのところ、ウォーキングして通勤できていなかったのですが、今日(6日)、久しぶりにトライしました。連日、爽やかな天気に恵まれ、疲れが溜まっているにもかかわらず、順調にツゥキングできました。思ったより早くに会社に到着しそうだったので、寄り道をしたら、かわいいニャンコカメに出遭い、連れてかえることにしました。足が多少、棒になっていましたが、彼らとの出遭いで元気を取り戻し、残りの会社までの距離を歩き進めながらも、心はスキップしていました(9838歩)。

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庭園美術館でプチ・パレを楽しむ

 4月5日、初めて庭園美術館に行ってきました。『パリ市立プティ・パレ美術館所蔵 パリ1900 ベル・エポックの輝き展』を観るためです。また、朝からとてもいい天気だったので、写真を撮るのもいいなと思い、久しぶりにデジカメを持って出かけました。美術館へは、今年になって行きなれてきた白金台駅まで電車を乗り継ぎ、そこから歩いていきました。地上に出ると、青空とさわやかな暖かさがあり、とても気持ちのいい始まりが迎えることができました。駅から2、3分歩くと、美術館の正門です。チケットを購入し、樹木に囲まれた道を進みました。樹木の間からは、やはりこの陽気に誘われて、庭でお弁当を広げたり、日向ぼっこをしたりしている人がたくさんいらっしゃいました。さらに進んでいくと、少し散り始めてはいましたが、見事な桜が出迎えてくれました。立派な邸宅の建物を背景にして、堂々とした咲きっぷりです。美術館に入る前にぜひともおさめておこうといくつか写真を撮りました。
 さて、いよいよ展覧会を満喫するときです。第一売店をざっと見て、荷物をロッカーに預け、展示室に入ります。まずはいくつかの貴婦人の絵が掲げられていました。まるで生きて、目の前にいるかのように、凛とした美しさが活き活きしていました。そしてそれにもまして建物自体や内装にすばらしいものが感じられました。シックで、重厚な木材と大理石をふんだんに使い、その当時の栄華さが伝わってきます。その雰囲気を味わいつつ、次の間に進みます。そこでは女優サラ・ベルナールに関する美術品が並べられていました。圧巻なのは、サラ・ベルナールがソファに身体を預けて、見つめてくる大きな肖像画です。生涯、手放すことはなかったとありましたが、それはそれは見事に彼女自身を描ききったすばらしい絵画でした。他にはアクセサリーなど展示されていましたが、絵画目当ての私はさぁ~と観て、通り過ぎました。その後も印象派の日の出を思わせる絵や、セザンヌが父に美術学校に行くことを許されるきっかけとなった、四季をテーマにした人物画などが続きました。こうして美術品と邸宅の内装を堪能しつつ、久しぶりの展覧会を楽しんできました。
 お屋敷を出た後は、庭園に行き、写真を撮りながら、散策しました。快適な日差しも手伝って、被写体には事欠きません。シャッター音がこれほど心地よいものだったということを忘れていました。庭園でひと時を過ごしたのち、日本橋に行き、日テレを仰ぎ見つつ、コレドに行きました。騒いでいるほど、目を見張るものはありませんでした。
初めての庭園美術館を楽しんだ写真展

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間違ってもTruckがbackするのではない

 最近、読み終わった本『心の動きが手にとるようにわかるNLP理論』の中で、バックトラッキングという言葉を目にした。これはどうやら今年よく見かけることとなり、覚えた言葉【トラックバック】と関連があるとわかりました。ふと調べたくなり、久しぶりにコウビルド英英辞典【改訂第3版】を取り出して、バックトラッキングを引いてみました。
【backtrack】
1.If you backtrack on a statement or decision you have made, you do or say something that shows that you no longer agree with it or support it.
3.If you backtrack in an account or explanation, you talk about things which happened before the ones you were previously talking about.
 『せっかくの英英辞典の記述なので、あえて訳すことはいたしません(としておきますが、本当はこの英文は文法的に正しいのか?と思いつつ、辞書なんだから合っているはずと思い直しながらもうまく訳せない)。ニュアンスはおわかりになると思います。それをお楽しみください。』

また、『NLP理論』によると、
 『バックトラッキングとは、相手の話を伝え返すことです。これには三つの方法があります。
 ・相手の直前の語尾をそのまま返す
 ・話が長い場合は、まとめて返す
 ・相手の使ったキーワードを返す』

 とのことです。
 コミュニケーションを図る上で、相手を知り、理解しようとする姿勢の重要性を指摘しています。私もそうですが、自分の言いたいことや思っていることをブログに書き連ね、あわよくばたくさんの人にみていただけたらいいなぁと思いながら、書いています。でも、その実、私は私が文章にすることで自らの気持ちを整理している意味合いが大きく、自分のことを他の人に知ってほしいとか理解してほしいとかいう思いは二次的なものとなっています。ブログにあっという間にはまり、いろんなことを書き、いろんなブログを読んでいくうちに、惹かれる内容に出会う機会が少なくなっていき、あっという間に当初の勢いを失ってきています。マイリストにあるブログは時々、読みにいっていますが、最近は増えることもなく、あまり更新されていないものや、どこに惹かれたのかわからなくなったものを削除する一方です。興味を引くブログを探しつつ、読んでみては、「へぇ」ボタンを心の中で押すばかりになっています。そこからバックトラックして、新たに書き綴ることがありません。「へぇ」と感心した先に自分なりに消化したものを築いていく必要があるかもしれません。前書において、
 『受け取ることは、同意とは違います。バックトラッキングは「私はあなたの話を聞いていますよ」というサインです。(バックトラッキング)すると、相手は「少なくとも自分の思い・考えは伝えられた」という満足感が得られます。』
とあります。これはいろんなブロガーの方と私の双方に同じことが言えるのです。いまや浸透しつつある新しいコミュニケーション・ツールとしてのブログなのですから、これからは少しずつでもバックトラックして、いろんな方を知り、私自身を知っていただきながら、人としての幅というものを広げていくのもいいかもしれないと思っています。

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ゲット本:しばわんこ3 他

 昨日(31日)、久しぶりに神保町の三省堂書店に行きました。1階のレイアウトが大幅に変わっていました。映画『マトリックス』で、いろんな武器が棚にのっていて、画面の向こうから手前側に進んでくるシーンのように、本棚がこれまでと90度回転し、整然と並んでいました。新鮮味があるとともに慣れない戸惑いがありつつも結局は本がいっぱい並んでいるだけで楽しめてしまう活字中毒者の私めです。そんななかゲットしてきた本は次の3冊。

『しばわんこの和の心3』 川浦良枝
 「日常生活に宗教性を深く溶け込ませる」という、日本人の特性を忘れがちな私たちに、その大切さをしばわんこちゃんが丁寧にやさしく教えてくれます。帯より。
 このシリーズはすべてゲットしたい。初めて見たときの可愛さの感動は忘れられない。僕はどちらかというと、みけにゃんこのファンです。

『憑かれた旅人』 バリー・ユアグロー
 あなたの夢にも、人生にもそっくり! 一人の、あなたに似た? ぱっとしない? 男が異国を旅する。
 『一人の男が飛行機から飛び降りる』の著者による空想旅行小説の大傑作。帯より。
 よく読むポール・オースターを通じて知った柴田元幸氏の訳ということもあってゲット!
 ちょっと冒頭のさわりだけ・・・。

 「あんた、誰かね?」
 「旅人です」
 「どこから来た?」
 「この前の場所から」
 「どこへ行く?」
 「この次の場所へ」

 この怪しい出だしはなんとも読んでみたくなるではありませんか?

『心の動きが手にとるようにわかるNLP理論』 千葉英介
 いつの間にか人の心に入り込み、納得させ、説得し、協力者をつくる。NLPの基本がよくわかる!
 これはもうだいぶ以前に出ていた本で、気になっていて、手には取ってみていたものの、買うのをやめたものでした。平積みになっているのを改めて手にしてみると、やっぱりおもしろそう。最近、自分の感情についてとか、他人との関わり方やコミュニケーション、子どもへの相手の仕方・扱い方など俄然気になってきて、この傾向の本を読んでいるので、つい買ってきました。NLP関連本はいくつか読んだことがあるのですが、よく理解できずにいました。この本ならもう少し何ぞやというものがわかってくるかもしれません。

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