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一人の時間 あのしずかな場所

江國香織『いくつもの週末』を読んで⑤
 時折、彼女は一人の時間に何をしているのだろう? 何を思い、どんなふうに過ごしているのだろう?と考える時がある。さみしい思いをしているのか、のびのび羽根を伸ばしているのか。私が一人のときは、思いきりあちこち出歩いているか、どっぷり家の中に浸かっているかのどちらかである。最近は後者が多い。以前よりはグッと本に惹かれることはなくなったし(とはいえ、彼女は『こんなに読んでいない本がたくさんあって、いつ読むのだろうか、読み終わるのだろうか、と思っていることだろう』)、音楽においても好きなアーティストが活動を停止してCDを出さなくなった。だからもっぱら出かけていたところに行く用がなくなったというのが実情だ。というところからしても、私は本当に狭い世界に生きてきたのだと改めて思う。出かけるところといえば、神保町か、秋葉原か、ってな具合だ。また観劇も、仕事の都合で行かなくなったというのは当初の話で、今はめっきり(行こう!)とすら思い浮かばなくなってしまった。すっかり出不精になった。生活に溶け込んできたとでもいうことなのだろうか。それはそれでいいのだけれど、埋没だけはしたくないという気持ちは残っている。それでも私が一人の時間は自分の中に埋没していると言えるのだろうな。それがまたとても大切な時間ではあるのだ。この時間がなくなってしまうことを考えると空恐ろしい。きっと自分が自分でなくなってしまうかのように感じることだろう。この時を使って、リフレッシュして、多様な時間と場面に備えていくのである。表面上はつんけんしているように見えていても、裏側にある弱さを隠す虚勢でしかない。ちょっとしたことで心が揺れてしまう。それはそれは深く沈みこんでしまう場合もある。浮かび上がらせるには一人の時間が必要なのだ。そういう時間があっての二人の時間だ。うっかりすると、二人でいる時間はまったり、べったり、ごろごろ昼寝ばかりしていそうなほどくつろいでしまうこともある。そのときの私はいつになく開けっぴろげになっていることだろう。このことはきっと彼女にも多少は伝わっているものだと思う。最近、少し違ってきたのは、多少、低体温の傾向が強まったことだろう。これまではできる限り二人でいる時間をもとうとしていた。今は二人でいられる時間でも一人の時間を過ごすことも増えてきた。これは彼女が間違いなくテレビっ子なところに負うのだ。家にいる時間とテレビのついている時間はほぼ同じではないか、とさえ思える。これはニュースやドラマに限らず、ゲームで使うっていうのも含まれる。私はテレビをつけて過ごすことはほとんどない。見ててもあまり面白くないから、パソコンに向かっているか、本を読んでいるかしている。だからテレビのある部屋から遠ざかる。私も一人の時間が必要なように、彼女にもきっと必要なんだろうと思い、そっと離れる。それにしても二人でいられるのに別々に過ごさなくてもよさそうなものだけれど。こういうところのバランスが難しいなと思う、今日この頃だ。

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