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「ごはんは?」「ないの」「どうして」

会社から帰った夫は、空っぽのテーブルや整然とした台所をみて不思議そうな顔をして、ごはんは? と訊いた。
…(略)…
 「ないの」
 私はこたえた。
 「どうして?」
 「つくらなかったから」
 』 (江國香織『いくつもの週末』を読んで③)

 私のうちのごはんはいつもだいたいてんこもりだ。二人して食べることが好きなためか自然とそうなっている。私自身が一番てんこもりになるのは鮪の刺身がおかずの時だ。実家で暮らしている時はいつもお茶碗2杯は普通だった。多い時は3杯、あるいは2.5杯くらい。二人で暮らすようになってからはどんなおかずの時も1杯にかわった。最初は物足りない気がしたが、今では慣れてきた。それでも1杯では多少、足りない気持ちも残っているので、夕食までに軽い間食をしているのが常だ。これは実家にいた時も同じだ。菓子パンを食べたり、ナッツやチーズを食べたり、羊羹を食べたり。そうしておなかを落ち着かせる。落ち着かせないことにはいても立ってもいられない。実家にいた時の夕食の時間はというとだいたい17時だったが、今では19時半、あるいは20時を超える場合もある。以前の私からすると想像を絶する域に到達している。夕方になると体内時計が夕飯の時間だとセットされているかのようにお腹が減ってくる。あと3時間近くも待たないとメインディッシュにありつけないというのはしんどいので、つい間食をしてしまう。私が不規則な勤務で、彼女が9時5時で、通勤1時間強となると、帰ってから食事の支度をするとどうしてもそのくらいの時間になる。奥さんという役割はとても大変なことだと思う、特に外で働いている人は。いや、これだけだと非難ごうごうだから、子供を抱えている方も大変だ(そう、付け加えておこう)。一緒に暮らし始めてそのことが実感できるようになった。なので時には、お腹が落ち着いて機嫌のいい時や、私が休みの日には、『男の料理本』なるものを取り出して、えっちら、おっちら、食事をつくることもある。いい出来の時もあるし、そうでない時もある。なかなか楽しいものだが、彼女が帰ってくる時間が読めないので、多少戸惑うところはある。料理はやはり温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食さないとおいしいものもおいしくなくなってしまう。ある程度の時間を予想しながら、仕上げにもっていく。時にはあっという間に仕上がってしまって、温めなおすということもある。時には彼女からのメールで【急に会議が入って、20時を過ぎます。先に食べてください】などと連絡が入ることもある。幸い、私が料理をつくった日にそうした連絡が入ったことはないが、もしもそういう時がくれば、とても残念な気持ちになるだろう。連絡が早ければ手を打つこともできるが、現状では連絡が入ったときは、時すでに遅し、の場合が多い。おかずをつくってもらおうとご飯だけは炊いて待っていて、そういう連絡が入ると、打つ手が限られる。お惣菜を扱う店が閉っているか、売り切れているか。冷蔵庫の中には納豆、ウィンナー、ベーコン、卵という朝食メニューが顔を覗かせているだけ。しかたがないので、夕飯も朝食と同じメニューを食べることになる。あと一歩、連絡を早くくれたら、ご飯を炊かず、外食することもできたのに…と思う時もある。とはいえ、彼女がつくる料理が楽しみで、つくっている姿も手際良く(時には「あわわわわ」と叫んでいるけれど)、出来上がりはいつもてんこもりで、しかもおいしいので、一緒に食事をとれるのはうきうきする。そうしていつまでも、それこそおいしい時間を二人で過ごしていきたいものだと思う。

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