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感情が混乱のもと

感情が混乱のもと(『感じない子ども こころを扱えない大人』を読んで④)
なぜ、混乱のもとになるかといえば、人間は矛盾する感情を同時に持つことがあるためだ。

 たとえば、家族の者が「お風呂に入ろうっ!」と何気なく独り言のように言って、入る。湯船を出ると、お湯が少なくなっていて、別の者が入ることに気を配って、水を補充し、沸かしなおしてくれたとする。ついでに声をかけて、「お風呂を沸かしなおしておいたから入ったら?」と伝えに行く。しかし、別の家族の者はすでに入浴を済ませていて、「もう入ったから、入らない」と返事をする。「えぇ、一言、言ってくれたらよかったのに。沸かしなおしちゃったじゃない」と気分を害してしまい、怒った表情をしている。言われた者にすれば、てっきりそのことは知っているものだと思っていた。バスルームは床をはじめ、壁などあちらこちら濡れていたのは気づいたはずだし、それにシャンプーや石鹸の香りを漂わせていることにも気づいているものだと思っていた。そのときに限っては気づいていなかったようで、細やかに気を配ってくれたのだ。だが、その気配りも無駄になってしまった。だから気分を悪くしてしまったのだ。こうして「言ってくれたら…」と(言わなくてもわかっているだろう)というコミュニケーション・ギャップが生じてしまった。一方は怒りという感情に腹立たしいし、確認すれば良かったと反省する気持ちもあるし、一方は怒られて気落ちするし、また、どうして怒られなきゃいけないのかわからないし。(もし言い返しても気まずくなるだけだろうから、何も言うまい。でも釈然としない気持ちは残ったままだ。ここは我慢すればいいか)とやり過ごすことになる。もやもやとしたままで。
 この場面でもいろんな感情がうごめいている。ネガティブな気持ち・怒りを表したほうも気分がよくない。押し黙ってしまったほうもネガティブな気持ちを言葉にできないままに混乱した状況の中、釈然としない気持ちが取り残された。お互いがみずから気持ちの中を蝕ませて終わってしまった。ここでお互いが気持ちをさらけ出せていれば、もう少し違った展開になっていたのだろう。しかし、実際の場面ではなかなかそううまくやり取りできるとは限らない。日頃から意識していても難しさは変わらないだろう。それでもまず、自分の気持ちに気づくこと、正直になること、そしてその気持ちを率直に伝えることが大切なのだと思う。そうすることで、自分も、相手も傷つき、心を蝕むことなく、お互いにわかりあえることや見えてくるところが多くなっていくのだと思う。矛盾する感情を持ち得る私たちは少しでもそれら気持ちをほぐしてシンプルに素直に表現することで昇華させ、関係を築き、発展させていくことが望ましいのだと思う。

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