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故きを温ねて新しきを知る 【食】その2

『お互いに理解を深め親しさを増し結束を固めようと思ったら、できるだけ一緒に食事をする機会を持てばよいのである。』 (山﨑武也『古風の研究』を読んで②)

 人と一緒に食事をするたびに、お互いの絆が強くなっていくのだそうです。今の時代、仕事や学校、子育てなど人それぞれ多忙を極め、家族が一緒に食事をするということは少なくなっているのでしょう。私も昔から家族全員で食事をしたというのは多いほうではないでしょう。父自ら「俺の仕事は朝星夜星だからな」と言って、星が出ている頃に出勤し、夜、星が出ている頃にようやく帰ってくるという生活が昔と変わらず今も続いています。食卓を囲むのは母、妹、私ということが多かったです。それもやがて一人一人になっていきました。母と私がいて、私が食べる。母と妹がいて、妹が食べる。父が帰ってきて母も食べる。父がよほど遅いときに母はひとりで食べる。そのような具合になっていきました。それでも元々、私たち家族は一人で行動する気質が備わっていて、このことも極自然に受け入れていたように思えます。絆を強くするということには至らず、ある種の信頼感といったものはあったと思います。父は、自分がいなくても母がきちんと面倒を見ていてくれる、あるいは、子どもらは、父がいなくても自分のことは自分でするといったような信頼感が(実際には、父がいなくてホッとしていることが多かったのですが…)。そういうこともあって私の家族はドライなところがあります。
 今は私も新しい自分の家庭を築く一歩を踏み出していくなか、共に食事をすることについて心していく必要があるのだと思いました。私の勤務が不規則なため、一緒に食事できるのは週に2~3回くらいです。場合によっては、彼女にも会議やら接待やらで遅くなるときがあり、さらに少なくなることもあります。当初は(これはこれでいいな。お互いに時間が取れて。毎日、食事をつくる、つくっていただく、なんてことが続くなんていうのは、仕事をもつ女性にとっては大変なことだろう)と思っていました。毎日よりも週に2、3回のほうがお互いのためになるんではないか、と。しかし、一緒に食事をとるたびごとに絆を深めていくことになるという文章に触れ、もっと多くその機会をもつべきなのだろうと考えさせられます。ましてや私の職場の上司を見ているなかで、家庭崩壊していることがもれ伝わってくると心配になります。やがて生まれくるかもしれない子どもと、私が帰宅後に家族で食卓を囲み、絆を深めていけるのか。日曜日には行楽に出かけ、手作りのお弁当などを分けあって食べることで家族関係を築いていくことになるのか。
『同じ屋根の下で寝るだけでは十分でない。せめて、一日一回夕食を共にするのは家族の権利であり義務である、と考えるべきだ。』
 あるいは、
『母親なり妻なりがつくった弁当には、一緒に食事ができないから「せめて私のつくったもの」を食べてほしいと思う感情がこもっている。一家団欒の場を演出しようとする気持ちが伝えられるのだ。』
 と、このような考えや思いがあると知り、まだ先のこととはいえ、身に迫る思いがします。できるだけ努力をして、機会をつくり、家族が一緒になって家で食卓を囲むようにしてみることが大切なことなのだと胸に染みてきます。

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