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「気持ち」に気づく

 これまで私は「気持ち」というものを、他者のものでも、自分のものでも、あまり深く扱ったことがないままに過ごしてきたように思います。私はよく冷たい印象を与えるという指摘を受けることがあります。私にも感情がないわけではないのですが、それをうまく表現しなかったり、隠したりします。特に他者の言動に傷ついたときは、その気持ちを自分から切り離すということで処理してきました。それは無表情になったり、アルカイックスマイルでごまかしたり、無視したりすることで、ある意味、気持ちを表に出しているといっていいのかもしれません。人から見るとそれは(冷たい)とか(何を考えている分からない)とかいった印象をもつにいたるのでしょう。
 私がなぜ気持ち(とりわけ否定的な感情)を表現しないのかというと、表現することで他者との間に気まずい雰囲気ができてしまうことを恐れるからです。それならば自分が我慢さえしていればいいだけのことだと、自分の気持ちではあるものの、自分から切り離してしまうようにしてきました。気持ちを表現することで問題が解決するとか、お互いが分かり合えるとかいう発想にはならなかったのです。自分の気持ちの扱い方については常々、自分の中でも課題としてのしかかっていました。すぐにイラついてしまうこと、攻撃的な口調、謝るのがイヤ、落ち込んだり、傷ついたりすると黙り込むなど、内心ではものすごく感情がうごめいているのに、きちんとその気持ちを扱えていないという思いがつきまとっていました。最近、読み始めた『感じない子ども 心をあつかえない大人』(集英社新書)を通して、気持ちの扱い方を工夫していきたいと思います。この本は私にとっては刺激的なものとなっています。皆さんの中にも、読んでみると、普段、実際には自分や周りの人の気持ちを必ずしもきちんと扱えていないことにお気づきになるかもしれません。

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